5月1日金曜日
体調がいいからなのか?
それとも病魔が進行しているからなのか?
ここ2日間、眠っている時間が長いような気がする。
寝に入る時は常に、寝ちゃいけないわ、だけど~と落ちていく感じで眠りに入ることが多く、その姿はリラックスとは程遠い感じを受ける。
そして、今までは、私の姿がないと心配でいられないという感じだったのにそれもない。
眠りたいところで寝ている。そんな感じだ。
でも時に、水のみの場所で、鼻を支えに眠りについてるなんてことがある。
眠れる時に寝させてやりたい。そういう気持ちなので、そのままにしているときもあるけれど、そんな姿で休んでいるのを見るのは心が痛い。
今朝は、農大側の緑道から、ウチまで超スローペースながら完歩した。
しかもウンチも出た。そして昼のお散歩でもした。
どちらもかなりいい状態。
昨日2日ぶりに出てから、続けて出るなんてなかったこと。
今は、高カロリーのドッグフードに変えている。
それは、食べても食べても、癌の悪さで痩せてきてしまうため。
以前は太めだったので、カロリーをコントロールする療法食「満腹サポート」を使っていた。
その頃は、お散歩のたびに便が出るというのは、常だった。
続けて便が出るなんて、どうということはないことだけれど、
今は健康のバロメーター。
便、イコール喜びだ…。
鼻からの粘液は水を飲むと、大量に出る。
それは変わらず、今朝から何度も拭っている。
エクササイズの途中でもヨガマットの下にティッシュをしのばせて、その間注意を払い、一時停止して拭う。
昨夕、散歩の時に、抱っこの柚子「風邪でもひいちゃったかしら~」と鼻が出ていることを指摘されてしまった。
その理由は、その方には知る由もないけれど、鼻粘液は、散歩中も絶えず出ていて拭く。
驚くほど出る。
鼻か喉の炎症によるものなのだろうと思っている。
昔、母が入院して、子供ながらにご飯の支度や家のことをしていた疲れから、『とびひ』という病気になったことがある。
虫か何かに刺されたお腹のところにばい菌が入り、炎症を起こした。
そこから膿が出た。絶えず出た。こんなにも出るものかというほど出た。
柚子の鼻も、そういうものなのか?
膿ならば、出きってしまって、なくなればいいのにと思う。
今、パソコンを打つ私の横でうつろな目をして横になっている。
こんなことはここしばらくなかった。
どこにいても落ち着かなかった。
癌疼痛というものがあるからなのかもしれないが、とにかくじっとしていられない不安気な様子だった。
それでも、今も5分もしないうちに目が覚める。
そして私がいることを確認する。そしてまた、とろりとするの繰り返し。
何時になく落ち着いている日だった。
なんと!結局、ウンチは3回も出た。
日中、決して容態が良さそうとはいえなかったけれど、眠っている時間が長いように感じた。
昨日までは10分寝たら起きる。
そして息を辛そうにする。の繰り返しだった。
今日はうつろな目で、コーコーとつまった鼻や腫瘍のある喉を鳴らしたりしているけれど、不安な様子はなかった。
お散歩も家に近づくころになるとのろのろながら到着まで歩く。
けれど、義母のところでのおやつはダメだった。
2階へあがってからのガムは、食べたかったようで、小指のつめ半分くらいにしたものを差し出したら食べた。
続けてあげたら、3つ目で違和感を覚えたらしくその場から居なくなって、水のみ場で咳き込んでいた。大事には至らず…。
落ち着いていたので、夕飯の支度をしてからシャワーを浴びるということもできた。
今まで何かが心配で、できずにいた。
シャワーから上がると、水呑場で崩れるように寝ていた。
床に鼻先を押し付けて…。
寝かしておいた。
寝れる時に寝かせておいてあげたい。寝る場所なんてどうでもよかった。
夜も一度下に降りた以外は、ベッドの上で寝ていた。
ここのところ死についてばかり考える。
まったく、仕事もしないで犬の看病をしているなんてこと、世間からみたらありえないことなのだろうけれど、だからこそ、遊びに出かけることなんて出来ない。
仕事という理由があれば、こんなことはできないのだろうけれど、癌と闘っているこのコを見てあげられるのは、私だけなのです。
人間だったら、どうなのだろう。
看護士が、その様子を見てくれることで家族は安心。
けれど、ナースだってつきっきりで看てくれているわけではない。
もしかすると、こうやって看てあげているから、柚子の生命が続いているのかもしれないなんて、そんなばかげたことさえ思ってしまう。
今思うこと。
私の母。最後まで自分の病気がなんであるかを聞きもしなかったけれど、あの人はあの人なりに、長くないことはわかっていたのだと思っている。
きっと、家に戻りたかったに違いない。
けれど、歩くことが困難になり、トイレにいくことさえできない体で、家族に負担をかけることを気遣って、言えなかったに違いない。
病名を知ることの恐怖もあって聞かなかったくらいの人だ。
一人で病室にいることの寂しさは、どんなに恐怖を感じていたか…。
犬でさえ、不安を感じている。
そして、ほかのコたちと一緒にいることを望んでいる。
どんな風に逝ってしまうのか?
時々、あまりに静かに眠っているので、息をしているのかとそばに行って確認することがある。
この病気であるとわかった時、毎日がお別れの時、そう思っていた。
私達が眠りについていて、柚子の様子を気にしてあげられない夜。
眠りに着いたまま、朝起きたら亡くなっていた。そんなことが理想。そんな風に思っていた。
今も、あらゆることを考える。
散歩に行って歩いている時。
水を飲みに行ってその場で…。
どんな風であっても、それが安らかであって欲しいと思う。
散歩する時の柚子は本当に病気であることが嘘のよう。
一番楽しい時間なのだろう。
そんな時に亡くなれれば、柚子にとって、本望なのかもしれない。
柚子だったら、何かが起きても他の2頭がいても、抱っこして家に戻ってくることができる。
甚兵衛が最期の前日。点滴を受けに3頭で行った時は大変だった。
そんなに悪いと思っていなかった。
まさか翌日亡くなるなんて思っていなかった。
だけどあの時、途中で歩くのを拒否した。
獣医さんに向かっている道であることを認識し、それがイヤだったのかもしれない。
口が利けない動物は必ず何かを発している。
あの時、点滴を一晩中受けるはずだった。
けれど、甚兵衛は家に帰りたがった。
その時もまさか死んでしまうなんて思ってもいなかったけれど、病院には置いていけなかった。
さみしがりやのコだった。
やっぱり、逝く時は家族の元でと、動物はみなそう思うのかもしれない。
父の時も母の時もそばにいて、おくってあげることができなかった。
今頃こんなことを悔やんでも仕方がないことだけれど、そういうことも今、感じることができた。
でもその通りには、いかないのかもしれない。
甚兵衛が具合が悪かった時、とにかくお水をがぶがぶ飲んだ。
そして下痢、嘔吐を繰り返した。
その片付けに追われた。毎日、していた。
大型犬は被害甚大。大変な作業だった。
その頃、粗相がないようにお散歩の回数も増やした。
行く先で、公園などの水道を見つけると、飲みたいとせがんだ。
相当、体に異変をきたしていたのだろう。
そのことがあるので、柚子には、飲みたいだけ飲ませている。
病気がわかってからの数週間は自分で水を飲むことさえできなかった。注射器で飲ませていた。
2月21日野川公園へ行った時も、注射器持参だった。
でも確かあの時からだったと記憶している。
嬉しい外出が、自分で水を飲むという行為をさせてくれた。
甚兵衛、あの時アタシは、あなたに水をセーブさせていました。
でも大きい貴方は、獣医さんへ連れていくことも大変だったし、粗相をすると、後片付けも大変だったの。
でも今、甚兵衛がお水をせがんだ公園の蛇口を見るたび、ごめんね。を、繰り返しています。
大型犬は、その存在感が与えてくれるものが本当に違うけれど、やっぱり最期は大変です。
先々代チャイカは、老衰だったけれど、最後の2年間、おしめをしていました。
そうするまでには、粗相の繰り返しや、その時期であることに気づくまで時間がかかりました。
散歩と呼べる行動ができなくなり、自分で寝返りうつことも、腰を低くして便をすることもできなくなってしまいました。
だから、便は私が出してあげていました。
外出は2~3時間で帰宅し、寝返りをさせていました。
チャイカの場合は15歳に近づく大型犬でした。老衰で逝ってしまいました。
甚兵衛の場合は、麻酔がダメなコだったので、検査は、エコーまでしかできませんでした。
そういう理由があって、重い病気だったのかもしれないのに、対処してあげることができませんでした。
しんどかったに違いありません。そして、あまりそばにいてあげられなかった。
それは、あのコの運命だったのかもしれないけれど、今は、どんな病気だったかを調べてあげて天国へ旅立たせてあげたかったと思っています。
  
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